IHGsokenの日記

中小企業診断士 兼 証券アナリスト による財務分析よりも手前の基本的な疑問点について考える

食品大手2社からヒントを得た「配当政策ってどうなるのだろうか?」(3/3)

こんにちは、IHGsokenです。

前回からの続きです。

 

ihgsoken.hatenablog.com

 

大問題点

ROIC、WACC の算定方法に恣意性が入ってしまうという点です。

ROIC や WACC を実際に計算すればわかりますが、数字をちょっと変えれば結果は大きく変わります。現実に数億円単位のキャッシュの流出を伴う配当政策に対して、数字を少しいじれば大きく出力の変わるものを意思決定の「参考」にするのは良いとして、意思決定の「判断基準」にすることは経営上大きなリスクを伴ってしまいます。

この問題を乗り越えられる業種に関しては、「ROIC vs WACC」の考えを活用できると思います。配当や自社株買いの株主還元政策が上手くいっているケースとしては、ビジネスとして好調な時にはキャッシュがだぶつき(良い時はすごく良い業種)、資本効率が悪化する業種が多いのです。

具体的企業でいえば、株主還元の教科書に良く出てくる大東建託が挙げられます。

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大東建託:15 年間で 5,000 億円の株主還元政策(純利益 5,500 億円)

しかし、例えば、ディフェンシブと言われる小売業においてキャッシュがだぶつくのは SPA がある程度進んでいる、ファーストリテイリングニトリ、受注型ビジネスのしまむらくらいではないでしょうか。

(コロナ禍以前であれば、株高の資産効果やインバウンドの恩恵に与る百貨店、ドラッグストアなどもあるかもしれません。)
つまり、高水準の株主還元を行う必要もないし、還元するくらいなら将来投資に使う方が良いという業種も多いのではないでしょうか。

 

実際にはどうなっている?日本の配当。配当政策の動揺 ~日本企業の配当政策~


次はここ 10 年ほどの実際の日本企業の配当政策の流れ(歴史)を見ていきたいと思います。最近流行の業績連動型の配当政策は 2000 年代初頭から日本には浸透し始めました。

2002 年 業績連動型の急速な浸透  ←背景には、「敵対的買収」、「モノ言う株主」の増加


しかし、2008 年のリーマンショックで軒並み減益になると、早速業績連動型配当政策の限界が見られました。つまり、業績が伸びたから増配をするという文脈は皆が受け入れられるが、反対に業績の下降による減配は実際問題として受け入れがたいようなのです。

2009 年~減益局面での業績連動型配当政策の限界 ←減益だからといって、「減配」する企業は少ない


✔「流行り」には要注意
業績連動型配当政策についての問題点としては、企業が増益基調の時はうまく機能するが、減益基調になると混乱してしまうという点にあります。
また、

 

業績連動型配当政策 → 利益・配当の変動率↑ → 株価の変動率↑


株価のボラティリティが大きくなることで、資本コスト↑ → 株価↓(企業価値の毀損)ということで、中長期的な業績の右肩上がりが確実な状況以外での業績連動型配当政策にはややデメリットが大きいように思います。


■仮説検証
配当政策に関しては、実証的な研究も進んでおり、下記の代表的な 3 つの仮説が存在します。
ファイナンス理論と比べ、事実をもとに導き出されている印象です。)

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配当政策に関する代表的な 3 つの仮説

これらを石川博行氏による日米における検証を参考にまとめると、以下のようになります。(参考文献をご参照ください。)


配当に関する「神話」検証 in アメリ


シグナリング仮説 → ×不支持(認められない)
②代替仮説 → ○支持(有配当企業の割合 1978 年 66.5%→1999 年 20.8%)
③ライフサイクル仮説→ ○支持 ex.マイクロソフト(1975 年創業、2003.01 配当開始)


背景:FCF(フリーキャッシュフロー)問題
裁量性の高い FCF が削減されることにより、経営に規律が生まれ、エージェンシーコストが下がるという考えがあると思われます。

 

配当に関する「神話」検証 in 日本

 

シグナリング仮説 → ○支持(認められる)
「増益→好業績」、「現役→悪業績」
市場は配当シグナルの信頼性を利益と組合わせて判断している?
②代替仮説 → ×不支持(認められない)
配当の下方硬直性がある?
→ 配当のシグナル力向上 → 株価との関連性上昇
③ライフサイクル仮説 → ×不支持(認められない)
持続的な高成長・高収益、豊富な余剰資金・財務内容な企業が増配を行う
(成熟企業よりも、成長企業が増配する傾向)

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配当に関する「神話」検証 in 日本
Cf.ライフサイクル仮説の盲点

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配当が株価に向けている“メッセージ”

上記の検証結果によると、日本市場においては、投資家は配当の持つ「シグナル」を評価していると言えます。では、配当はどのようにシグナルとして機能しているのでしょうか?


「配当」…投資家と経営陣の情報の非対称性を緩和する役割を持つ


このことから、「配当政策の数値目標化」(ex.「配当性向 30%目標」)は、下記のようなリスクもはらんでいると言えます。


✔ 経営陣の意思決定の放棄とも捉えられる
✔ 機械的な配当水準の決定は、投資家との対話不要を意味する

 

配当政策の数値目標についての問題点


配当政策の数値目標=「配当性向〇〇%目標」
配当とは、売上高・利益等とはちがい、すでに獲得した利益の分配です。そこから、
→ 経営陣に将来的な努力を引き出すという意味合いは小さい
機械的な配当政策は、株主とのコミュニケーションの機会を犠牲にする可能性がある
→ IR の視点から問題と言えます
ただし、現実的には、時価総額筆頭のトヨタも配当性向は明示しており、配当性向の数値目標そのものが駄目ということではなく、なぜその数字なのかという質問に答えられるだけの根拠を「対話」を通じて答えなければならないということでしょう。


配当政策が株価に影響を与えるメカニズム


日本市場(企業)には、「コロボレーション効果」が見られると言われています。コロボレーションとは、「確証」、「裏付け」の意です。
配当政策に対して、投資家が企業を信頼しているかどうかによって株価(≒企業価値)が変化すると考えられています。(企業価値は、「C(収益性)」を「r(リスク)-g(成長性)」で割ったものと表せます。

つまり、企業に対するrが小さくなれば、「C/r-g」は大きくなる。企業経営者と投資家の間の情報の非対称性は、「r」に該当するため、情報の非対称性が小さくなれば、株価は高くなるという理屈です。)

こちらについては、下記の本が勉強になりました。

 

バリュエーションの教科書

バリュエーションの教科書

  • 作者:明, 森生
  • 発売日: 2016/05/27
  • メディア: 単行本
 

 


増配シグナルと成長シグナルのベクトルが一致している企業では、
「増配」
→ 首尾一貫した配当政策
→ 市場の信頼獲得
→ 情報の非対称性↓
→ 資本コスト↓
企業価値↑=株価↑


ベクトルが不一致の場合は、株価上昇効果は小さい。すなわち、
✔ 成長企業の増配 → 追加的なプラスの効果
✔ 成熟企業の増配 → 割り引かれた効果しか得られない

 

【結論】

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配当政策に関する結論

長々と書いてしまったが、結論としては、この一行だけでいいのではないかと思います!

 

まとめ


配当に込められた首尾一貫した経営陣のメッセージが企業価値(株価)を上昇させる!


「首尾一貫した」=単年度の政策ではなく複数年度で継続的に増配する企業の株価が高い
「経営陣のメッセージ」=×「機械的」配当政策(業績連動型等)だけでは×
投資家との対話不足は、企業の資本コストを上昇させてしまう。
企業価値の上昇」首尾一貫 → 信頼(予測可能性)
対話 → 情報の非対称性↓ → 資本コスト↓ → 株価↑

 

以上です。

 

今回の参考文献↓↓ 本当に参考になりました!ありがとうございます。